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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)1253号 判決

控訴人

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

植田勝博

尾川雅清

前川清成

西田広一

木村重夫

二宮誠行

被控訴人

A株式会社

右代表者代表取締役

川北太一

右訴訟代理人弁護士

姫野敬輔

河野勉

松本智之

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金三五万円及び内金三〇万円に対する平成八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を被控訴人の、その九を控訴人の各負担とする。

三  この判決は、右一につき金員の支払を命ずる部分に限り仮執行をすることができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、金五五〇万円及びこれに対する平成八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

3  右1のうち金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、金融業者である被控訴人から金員を借り入れていた控訴人が、被控訴人の従業員である(当時)B(以下「B」という。)から暴行を加えられるなどの違法な取立てを受けたとして、使用者責任(民法七一五条一項)に基づき、損害金五五〇万円(精神的苦痛に対する慰謝料五〇〇万円及び弁護士費用五〇万円)及びこれに対する不法行為時である平成八年一一月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

これに対し、被控訴人は、右暴行等の事実を否認し、損害額を争っている。

二  争いのない事実

1  被控訴人は、金融業を営む会社であり、平成八年一一月二八日当時Bを従業員として雇用していた。

2  控訴人は、平成八年一一月二八日時点において、被控訴人に対し、借入債務を負っていた。

3  Bは、平成八年一一月二八日午後八時ないし八時三〇分ころ、控訴人に右債務の返済を求めるため、大阪府豊中市庄内東町所在のアパート二階にある控訴人の自宅を訪問した。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

1  控訴人がBから暴行を加えられる等の違法な取立を受けたか。

(控訴人の主張)

原判決四頁末行から同八頁一〇行目までのとおりであるからこれを引用する。

(被控訴人の主張)

原判決九頁一行目から同一三頁末行までのとおりであるからこれを引用する(ただし、同九頁一〇行目から一一行目にかけての「いただけまんせんか」を「いただけませんか」と改める)。

2  前記違法な取立てがあった場合、控訴人の損害額はいくらか。

(控訴人の主張)

控訴人は、前記違法な取立てにより精神的苦痛を被ったがこれに対する慰謝料相当額は五〇〇万円が相当であり、弁護士費用は、五〇万円が相当である。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲二ないし四、七、乙一ないし六、証人C、控訴人本人)並びに弁論の全趣旨によると次の事実が認められる(この認定に反する乙三、右証人Cの各部分並びに、控訴人主張のBの加害行為中同認定を超える部分に沿う甲二、控訴人本人の各部分は採用できない。)。

(一) 控訴人は、被控訴人から平成七年四月に五万円を借り入れたのを初めとし、複数回の借入れと弁済を繰り返したが同年七月ころから延滞がちとなり、そのころから一〇〇円未満の金額の弁済を繰返すことがあった。

同年一一月八日には、被控訴人の社員であるDが控訴人の自宅を訪れて督促し控訴人から七〇〇〇円の弁済を受けた結果、被控訴人の計算(利息29.2%、遅延損害金39.931%)では右同日の貸付金残金は三三万三四九九円となった。

その後控訴人は、被控訴人から電話による督促を何度も受け、二度にわたり右Dから自宅への訪問を受けたが、約定の弁済をしなかった。

(二) 被控訴人の従業員B(当時三四歳)は、平成八年一一月二八日午後八時ないし八時三〇分ころ右借入金の督促のため、控訴人の前記自宅(当時)を訪れた。

右自宅は、二階建てアパートで、一階に住人共用の玄関があり、控訴人宅は、二階にあった。

Bは、控訴人に対し、被控訴人の従業員であることを告げ、控訴人であることを確認後、控訴人の手を掴んでアパート二階から一階の玄関まで控訴人を引きずり出し、玄関で胸ぐらを掴んで絞め上げ、その際、控訴人のシャツのボタンがはじけとんだ。Bは、控訴人に対し、「どうなってんか。借りてこい。」などと大声で言って、控訴人が手持の現金がないというと、他人から借りてくるよう要求した。

(三) その後控訴人はBに右アパートから少し離れたマンションの前まで連れて行かれ、マンション近くのC商店(酒屋)に入り同商店で金を借りるよう言われた。

(四) 控訴人は、C商店の店主と面識はなかったが、Bに言われて同商店に入り、言われるままに店主に対し借金を申し込んだ。店主から借金を断られると、Bは、頼み方が悪いと控訴人に土下座するよう言って、控訴人の後頭部を押え付けた。そして同店内においてBは、控訴人のふくらはぎを蹴った。

(五) 控訴人がC商店を出ると、Bは、控訴人にマンション内をまわり金を借りてくるよう要求し、控訴人がこれを断ると、控訴人の胸ぐらを掴み、顔を三回ほど平手で殴ったため、控訴人は近くの豊中南警察署庄内派出所へ行き、以上の経緯を警察官に話した後、三日後の平成八年一二月一日ころ豊中南署に被害届を提出した。

(六) Bは、平成九年一一月七日控訴人から退職し、現在所在は不明である。

2  前記認定に対し、被控訴人は、前記のとおり、Bの暴行、暴言を否定する主張をし、これに沿う証拠として、被控訴人担当者作成のBからの事情聴取を記載した調査報告書(乙三)を提出するので検討する。

右報告書にはBが、「①控訴人のアパートでは借金の話を人に聞かれないよう外に出てもらって話をした、控訴人が以前知人に頼んで金策すると言っていたので聞いたところ、控訴人は『近所の酒屋へ行こう。』というのでついて行った。②控訴人は、主人に金策を依頼したが、頭を下げないのでいくら友人でも頭を下げるのが礼儀であると思い控訴人の後頭部に手をふれて頭を下げさせたが暴行は加えていない」等の報告をした旨の記載がある。

しかしながら、右記載にかかるBの報告は次のとおり信用できないというべきである。

(一) 右①については前記のとおりアパート一階の玄関は共用になっており、他の住人が通るところであるから、右玄関近くで借金取立ての話をすることは、自宅内で話をするより他の住人に聞かれるおそれが強く、話を聞かれないよう任意に外へ出てもらったとのBの報告は、不合理である。右報告では、控訴人は、知人に頼んで金策するとして、実際は知り合いでもないC商店へBを案内したというが、知り合いでもない第三者に借金の申し込みに行くことは通常考えられないうえ、同商店に行けばすぐに控訴人が同商店の者と知り合いではないことが分かる筈であり、そのようなみえすいた嘘をつくのは不自然であること及び同商店の店内で控訴人は、殆どしゃべらず、Bが「ちゃんと頼んで金を借り」といい、控訴人の頭を押さえつけた(証人C)のであるから、Bが主導的であった様子が窺えることからすれば、控訴人は何らかの強制力を加えられて、同商店に行ったと考える方が自然である。

(二) また、②については、C商店に行った際のBの言動も、土下座をさすようなこともしていたこと(証人C)、後記3記載のC作成の陳述書(甲三)には、Bの暴行があった旨記載されていることからすれば、礼儀上頭を下げさせたとのBの右報告の内容は到底信用しがたい。

(三) そうすると、乙三は採用できない。

3  次に前記認定に抵触し、あるいは抵触する如き他の証拠につき以下検討する。

(一) 控訴人は、C酒店において、店主の面前でBが控訴人の頭を殴ったり、足を蹴ったりした旨供述記載ないし供述する(甲二、控訴人本人)ところ、証人Cの証言中にはこれを否定する部分がある。

しかし、右証言前である平成九年九月九日付同証人作成の陳述書(甲三)には「(控訴人がBから)頭をはつられ、暴行を受けている」事実を目撃した旨が記載されており、同証人は、証人尋問においては、「(控訴人は)頭をはつられ、(Bの)手足が出た気がしますし、土下座さすようなことをさせていました」とも供述していること、同証人は、証言をするにあたり、控訴人代理人に要求して、被控訴人より危害を加えられないような控訴人代理人が保証する旨の差入書(甲四)を得ている(証人C、弁論の全趣旨)が、これは、同証人の目撃したBの行動に照らしてとった措置であると推認されること等からすれば、同証人の証言中、前記認定に反する部分は措信できない。

なお、前記陳述書(甲三)は控訴人が文面を作成したものにCが署名押印したものである(控訴人本人)が、同人は、内容を読んで署名押印したものであり、作成日である平成九年九月九日までには、被控訴人の社員や警察官がBの行為に関し調査もしくは捜査のためC商店に来訪しているのであって(以上、証人C)、当然Bの暴行の有無が問題になっていることは承知していたはずであるから、右陳述書の内容はCの右作成時の認識に沿うものというべきである。

(二) 控訴人は、豊中南警察署庄内派出所の警察官に対し暴行を受けた事実を申告した際、身体に視認できる痕跡がなかった事実(乙三、控訴人本人)が認められる。しかし、暴行を受けたとしてもその程度により身体に痕跡が残らないことはありうるといえるから、前記認定したふくらはぎを一回程度蹴られ、顔を三回程度殴られた位であれば、痕跡がないことをもって直ちに暴行の事実を否定し去ることはできない。

(三) 前記認定のとおり控訴人が前記派出所に行った際、Bも同行しているところ、暴行を受けたと被害者が申告するのにその加害者が阻止せず、同行するのは不自然ではないかとの疑問もないではない。しかしながら、Bは、同行する前に被控訴人の店長Eに電話をかけ、その指示により同行した事実が認められ(乙三)、したがって、B自らの判断により同行したとはいえないことからすれば、前記事情をもって、Bの暴行、暴言の事実を否定することはできない。

4  前記1の認定事実によれば、Bの本件取立行為は、貸金の回収目的でしたものとはいえ、夜間控訴人を、その意に反してその自宅より連れ出し、控訴人にとり初対面の第三者に対し、借金の申し込みをさせて控訴人の名誉を侵害し、暴行を加えることにより不法に身体に危害を加えたものであって、債権回収行為として社会通念上許されるべき範囲を逸脱した違法な行為であるというべく、また、右行為は、被控訴人の業務の執行につきなされたものであるから、被控訴人は、Bの使用者として民法七一五条により控訴人の受けた損害を賠償する義務がある。

二  争点2について

右認定した違法行為の態様と控訴人と被控訴人間の金銭貸借に基づく履行の態様等を総合すると、控訴人が被った精神的損害は三〇万円をもって相当と認められる。

そして、控訴人は、控訴人代理人らに本件訴訟を委任し、相当額の報酬を支払うことを約したことが認められる(弁論の全趣旨)から、Bの右不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、五万円が相当である。

したがって、被控訴人は控訴人に対し、民法七一五条の使用者責任に基づき右損害金合計三五万円及び内金三〇万円に対する不法行為の日である平成八年一一月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

三  結論

以上によると、控訴人の本訴人の本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。よってこれと異なる原判決を右のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武田多喜子 裁判官正木きよみ 裁判官三代川俊一郎)

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